最近、手持ちのワンピースに合わせる歩きやすい靴が欲しくなった。
普段はスニーカーを履くことが圧倒的に多いのだけれど、ホテルのラウンジや会食、登壇みたいな場面では、もう少しきれいめな靴が欲しいこともある。
昔はヒールも普通に履いていた。でも今は、歩けない靴は生活に合わない。かといって、完全にカジュアルに寄せると、手持ちのワンピースがうまく起動しないのでちょっと困っていた。
なので最初は、単純にこう思った。
「ワンピースに合う靴を一足買いたせばいいんじゃない?」
話はそれで終わるはずだった。
終わらなかった。
靴を一足買いたかっただけなのに
靴を探しているうちに、手持ちのワンピースの数々を思い出した。
「あ、この靴ならあれにも合うかな」
そう考えてそれらのワンピース側を見始めた。すると、別の問題が出てきた。
「あれ、これ着てないな」
別に嫌いではない。サイズが合わないわけでもない。古びてもいない。でも着ていない。なんなら実はどれも友人のところで作ったオーダー品なので、身体にはぴったりであり、当然ながら生地もデザインも好みドンピシャのものばかりなはずなのに、ここのところちっとも着ていなかった。
なぜだろう。
考えてみたら、靴がなかった。あるいは、ちょうどいい羽織りがなかった。
服そのものに問題があるのではなく、その服を今の生活の中で使うための接続部品が欠けている。そういうものが結構あることに気づいた。
すると私はだんだん、靴を探しているのか、ワンピースを点検しているのか、クローゼット全体を監査しているのかわからなくなってきた。
……私は靴を一足買いたかっただけである。
「着ていない服=いらない服」ではなかった
片づけの話になると、よく出てくる基準がある。
「1年以上着ていなければ手放す」
「ときめかなければ捨てる」
もちろん、それでうまくいく人もいると思う。でも私は、この基準だと妙に引っかかる服がたくさん出てくる。
たとえば、昔買った黒いパンプスがある。見た目は今でも好きだし、履くとちゃんときれいに見える。ただし、長時間履くと足が死ぬ。
昔なら丸一日履いていた気がする。今は無理だ。だから日常ではほとんど履かない。
では捨てるのか。
いや、30分の登壇なら履ける。移動は別の靴にして、会場で履き替えるなら使える。座っている時間が長いディナーでもいける。卒業式みたいな場にも使える。
つまりこの靴は、日常のレギュラーメンバーではない。でも、完全に戦力外でもない。
そこで私は考えた。
この人、特別顧問なんじゃないか。
痛いパンプス、Executive Advisorになる
会社には、毎日出社する人だけがいるわけではない。
フルタイムの社員もいれば、必要なときだけ呼ばれる専門家もいる。普段のオペレーションには入らないけれど、ここぞという場面では頼れる人もいる。
そう考えたら、クローゼットの中の服や靴も、同じように見えてきた。
毎週出番がある黒パンツやスニーカーは、完全にCore Infrastructure。
仕事にも旅行にも使えて、だいたい何にでも合わせられるシャツやジャケットは、汎用性の高い中核人材。
特定のイベントでしか使わないドレスは、専門職。
痛いけれど登壇では強いパンプスは、Executive Advisor。
昔は主力だったけれど、今はほとんど現場に出ない服は、OBとか名誉職みたいなものかもしれない。
そして、何年も着ていないのに理由もなく場所だけ取っている服。
これはちょっと困る。何の役割で在籍しているのか、誰にもわからない。会社だったら、かなり気まずいやつである。
ここまで考えて、クローゼットの問題を、私は完全に人事問題として処理し始めた。
なんだ。
私は服を捨てられなかったのではない。
職務分担できていなかったのだ。
そう思ったら、片づけが急に進み始めた。
痛いパンプスは捨てなくていい。でも、毎日の靴と同じ場所に置いておく必要もない。特別顧問なら、必要なときだけ呼べばいい。
……靴に役職をつけ始めた。
だいぶ残念である。
採用ミスも、配置ミスもある
ここまで来ると、服の見え方がどんどん会社っぽくなってくる。
たとえば、買ったときはものすごく素敵だと思ったのに、何と合わせても微妙な服。
これは採用ミスかもしれない。
能力がないわけではない。
でも、自社とのカルチャーフィットが悪かった。
反対に、本人は優秀なのに、必要な靴や羽織りがなくてまったく活躍できていないワンピース。
これは人材側の問題ではなく、会社側のインフラ不足である。
似た黒パンツが何本もあって、結局いつも同じ一本しか履かない。
これは職務重複。
出番の少ない服ばかり一等地にいて、毎週使う服が奥に押し込まれている。
これは配置がおかしい。
「いつか使うかも」で何年も残しているもの。
これは役割未定のまま採用して、その後ずっと放置されている人材に近い。
書いていてだんだん服が気の毒になってきた。
ここまで読んで、「被雇用者側の視点はないのか」と思った方。
ない。
今回はクローゼットの話である。
服の労働基本権まで考え始めたら、さすがに片づけが終わらない。
問題は「持っている量」ではなく「稼働しているか」だった
これまでは、「服が多い」「着ていない服がある」「捨てた方がいい」という、量の問題として見ていた。でも本当の問題は、量ではなかった。
今の生活の中で、その服がちゃんと稼働しているか。
たとえば、ものすごく気に入っているワンピースがある。でも、それに合う靴も羽織りもない。その服単体は好きでも、今の生活では起動できない。
逆に、特別好きというほどではない黒いパンツでも、仕事にも旅行にも使えて、スニーカーにもパンプスにも合うなら、稼働率はものすごく高い。
そうなると、クローゼットの価値は「高かったか」「好きか」「何着あるか」だけでは測れない。
ちゃんと使える状態になっているか。
こっちの方が重要だった。
つまり、会社の資産と同じことである。
高価な設備を持っていても、使われていなければ価値を生まない。逆に、一見地味でも毎日フル稼働しているものはものすごく重要だ。
服も同じだった。
私に必要だったのは断捨離ではなく、
アセットの稼働率管理だった。
言い方だけ急に大げさである。
靴より脚の方が高い
そして、もう一つ判断基準が変わったことがある。
昔は、少しくらい歩きにくくても、見た目が好きなら履いていた靴があった。
なんなら今でも、履こうと思えば履ける。でも、履かない。
なぜなら最近はランニングもするし、脚は移動手段でもあり、趣味の道具でもあり、かなり大事な資産だからだ。
昔なら「せっかく持っているんだから使わないともったいない」と思っていたかもしれない。でも今は、見た目のために足首を危険にさらす方が、よほどもったいない。
高かった靴だから使う、ではない。今の自分にとって、何を守る方が価値が高いのか。そう考えると判断は早い。
靴より脚の方が高い。
以上である。
なんだか経営判断みたいになってきた。
捨てるか残すかの二択にしなくてよかった
たぶん私が片づけで止まりやすかった理由の一つは、判断が二択だったからだ。
残す。
捨てる。
でも実際には、その間にかなりいろいろある。
今も頻繁に使う。
少し補修すればまた使える。
靴か羽織りを足せば再稼働する。
特定のイベントでだけ使う。
思い出として保管する。
今の生活では使わないので手放す。
こうして役割を分けると、「着ていない=いらない」という雑な判断をしなくて済む。同時に、「好きだからなんとなく置いておく」も減る。
たとえば、ある服を見て、「好きなんだよな」と思う。
でも次に「で、今の生活の中で何の役割?」と聞く。
答えが出ない。
「いつ着る?」
出ない。
「何と合わせる?」
出ない。
「これを再稼働させるために、何を買い足す必要がある?」
かなり多い。
そうなると、好きではあるけれど、現役クローゼットに置く理由はないのかもしれない。
この問い方の方が、私にはずっとわかりやすかった。
「似合うか」より「今の自分が使えるか」
もう一つ面白かったのが、昔は似合っていたものでも、今の自分には役割がなくなっていることだった。体型が変わったから、ということもある。でもそれだけではない。仕事の仕方も変わった。移動量も変わった。旅行の仕方も変わった。昔より歩く。ヒールで一日過ごす必要もなくなった。イベントも、朝から晩まで同じ格好でいるとは限らない。
つまり、服が変わっていなくても、使う側のシステムが変わっている。
昔の自分にはCoreだったものが、今はExecutive Advisorになることもある。逆に、昔なら「カジュアルすぎる」と思っていたものが、今の生活ではCore Infrastructureになっていることもある。
だから「これは似合うか」だけでは足りない。
「今の私の生活の中で、これはちゃんと仕事をしてくれるか」
という問いの方が重要だった。
クローゼットは、意外と組織だった
ここまで考えて、私はようやく気づいた。
クローゼットって、服をしまう場所ではなくて、生活を支える小さな組織なのかもしれない。
毎日働く人がいる。
繁忙期だけ活躍する人がいる。
専門性は高いが出番の少ない人がいる。
長年の功労者だけれど、今は現場を離れた人もいる。
そして、なぜ在籍しているのか誰にもわからない人もいる。
最後のやつは会社でもクローゼットでも、まあまあ困る。しかも、役割が曖昧な人ほど場所を取る。
そう考えると、片づけは「捨てる作業」ではなく、組織図を引き直す作業に近かった。
誰を現役に置くのか。
誰を専門職にするのか。
誰を特別顧問にするのか。
誰をアーカイブするのか。
誰には退職していただくのか。
そうやって見ると、クローゼットを開けるたびに「服が多いなあ」とぼんやり罪悪感を持つより、ずっと判断しやすい。
私は片づけが苦手だったわけではないらしい
これまで私は、自分はそんなに片づけが得意ではないと思っていた。ものを思い切って捨てるのも苦手だし、「これいつか使うかも」と考え始めると止まる。でも今回わかった。
私はたぶん、捨てる判断が苦手なのではなく、役割が定義されていない状態が苦手なのだ。
一度役割が決まれば、判断は早い。
これは現役。
これは補修して再稼働。
これは特別顧問。
これは資料室行き。
これは退職。
なるほど。
だから私は、片づけの本を読んでもあまり進まなかったのかもしれない。
「ときめきますか?」
と聞かれても、
「いや、ときめくかどうかではなく、この人は今どの部署なんでしょうか」
となってしまう。
ざんねんな生き物である。
靴を一足買いたかっただけだった
そもそもの始まりに戻る。
私は、手持ちのワンピースに合う靴が一足欲しかった。
それだけだった。
なのに、気づいたらワンピースの稼働状況を確認し、クローゼットの役割分類を始め、服を会社の人員配置のように扱い、痛いパンプスをExecutive Advisorに任命していた。さらには、採用ミスだの配置ミスだのインフラ不足だのと言い始め、脚を資産として評価し始めた。
……どうしてこうなった。
ただ、一つだけ確かなことがある。
以前より、服を捨てやすくなった。同時に、残す服にも理由ができた。そして「服はあるのに着るものがない」という謎の現象も、少しずつ説明できるようになった。
服が足りないとは限らない。組織が機能していないだけなのかもしれない。
次にクローゼットの前で、「これ、もう捨てた方がいいかな」と迷ったら、私はたぶんこう考える。
捨てるかどうかではない。
この人、何の役職だっけ。
なんとも残念な人事制度である。